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ピアニストになりたい

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こんなんじゃ、ひとりで演奏会なんてできないじゃない

卒業するころに、またいやな予感・・・高校のおわりに手術して取ったはずの腫瘍がまた再発してしまったのです。 新しく音楽教室に勤めることが決まっていたので、またノドに違和感を感じながらも夏休みまで治療を先延ばしにして8月にまた入院です。 

そのころは他に合唱の伴奏やコンクールの伴奏など色々やっていたので時間的にそう何日も休むわけにはいかない。二週間の入院と言われていましたが無理やり10日で退院しました。 

再発が起きないように、今度は腫瘍だけでなく舌骨の一部も削るという手術でした。前のときより痛みが長引きました。医術が進歩していて今まであったノドの大きな傷跡がレーザー治療のおかげできれいになり、ほとんど跡がみえなくなったのは嬉しかったですけど。 

それなりにやりがいのある仕事もあって充実しているといえばそのとおりな社会人1年目です。 

でも・・・ 

卒業間近になって思った事「こんなんじゃひとりで演奏会できないじゃない!?」はずっと同じままです。どうしたらいいんだろう・・ 

もっと勉強がしたかったんです。ならば先生を探さなければ。 大学院を受験しなおすのもいいかと思いましたが、これでは学校にまた戻ってしまうことになります。それに外でもっと広い世界が見たかった。 

次の年の3月に尚美学園のデュプロマコースの募集をしているのを見かけました。ピアノ科は20名位の募集です。見ると講師欄に演奏家としても活躍中の先生の名前がずらり並んでいます。 

これだ~~!演奏会をやるなら演奏家に習えばいいのかも!(単純。) さっそく要項をとりよせて受験することにしたのです。 

あまり知られていないかもしれませんが、音楽学校に行く=○○先生の門下になる。ということなので、受験する前からたいていは○○先生のレッスンを受け、合格すればそのままその先生の「門下生」として習う事になります。特にピアノやヴァイオリンはそうです。 私の受けようとしているコースにはまったく先生のツテがない。これはまれなことなんです。 

とりあえず実技試験でピアノを聴いてもらって、とっていただける先生がいらっしゃるなら幸い。と思いました。 

今から考えると思い切った選択です。 

でもこれが私の「師匠」と呼べる方に出会うきっかけになったのです。 

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音について

次の年に、デュプロマコースに入ることができました。 

実技試験と面接の結果、私はピアニストとして活躍されている先生のお宅へレッスンに通う事になったのです。ベートーヴェン、ブラームスの演奏にとくに定評のあるピアニストです。 

このコースのおもしろいところは、師事する先生が決まったら先生がお忙しい場合は学校ではなく先生のご自宅にレッスンに通ってもいいところなんです。ほかの授業もあるにはありましたがほとんど受講しなかったので学校の校舎に行ったのは2年間でも数日・・・ 

修了試験はAプロ、Bプロ、それぞれ45分間の自由曲で抽選でどちらかを弾きます。そして年間に2回以上のコンクール、オーディションを受けることが条件でした。実際に舞台に立てるようになることが目的の実践的な方針です。 

さて、最初にレッスンに行ったときのことです。緊張(笑)。。とりあえず受験のときに弾いた曲を数曲もっていきました。 

ハンブルクのフルコン(スタインウェイのいちばん大きな型のピアノです)だ・・・・15分くらいの曲をみてもらうつもりで弾きました。 

「あら?これだけ?」「・・・・はい。」 

大学の先生のレッスンでは1曲の曲をレッスンするのにとても時間をかけます。たくさん曲をもっていっても「これが仕上がってからにしなさい」と言われていたので、驚きました。でもよく考えたら、こんなんじゃリサイタルプログラムができるはずがないのですよね。 

「まあいいわ。あなたおもしろいわね。」 

これが最初です。 おもしろいって言われた・・・これはいいのか悪いのか?!(笑) 

「小さい音をもっと小さくできる?」 

それまで、もっと強く、とか、指が弱いと言われつづけてきたのでまたもや驚きです。 

「本当にホールの隅々まで飛ぶ音は、自分の弾いている場所では聞こえない感じの音なのよ」 

そうなのか。あらためて自分の弾く音を聴いてみました。 

「ピアノは弾くのではなくて、はじくものなの」 

そういえば、弾くって絃をたたくことだけど・・「はじく」だとその速度がもっと速くなるような感じだ。冴えた音がでるのかもしれない。 

「親指と小指できちんと手を支えられることが“強い指”というべきであって、大きな音がだせる指が強い指というわけではないのよね」 

・・・・・。今日だけですごい収穫です。それよりも、小さな音で弾いていいんだということが私には魅力的でした。 

そしてその後何年にもわたり私は「飛ぶ音」について徹底的にたたきこまれたのです。 

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生々しい音楽

私の生活はまた激変しました。 

「飛ぶ音」ってどうしたらいつもできるようになるんだろう。 

まず、ピアノの音をじっくり聴くことにしました。 いつもは閉めている大屋根(ピアノのふた)を全開にして、ひとつ音を弾いてはその音の余韻をきく・・・弾き方によって微妙に変化する余韻をきくのです。 

次は曲を弾きながら耳だけではなくて指や手に伝わる感触や振動を「聴く」のです。 はじめて音は耳だけで聴くんじゃないんだな。と思いました。 もっと聴きたくて、お椀を半分に切ったのを耳にあてて(見た目はチェブラーシカみたいですよ笑)どんな音も逃すまい!!とがんばっていました。 

先生のお宅には全国からすごく弾ける人がレッスンに訪れます。先生は「このひとおもしろいから聞きなさい」と言ってくださったりしたのでずいぶんたくさんの人の演奏を聴きました。 ご迷惑を承知で遅くまでレッスン室にいりびたり、終電をのがして泊まらせていただくこともしばしば。 でもこのヨーロッパ風なレッスン風景、私にとってはとてもとても刺激的で魅力だったのです。 

奏法をならう一方で、先生はたくさん舞台をで弾く機会を与えてくださいました。 

曲が出来ていようが、出来ていまいが、期日がくれば舞台に立たなくてはなりません。それまで、舞台といえば年に一度の発表会と試験くらい・・・で、完全に弾きこんでどう転んでも大丈夫という曲ばかりを弾いていました。なので、かなりこわい思いもしました。大失敗も大成功も紙一重です。 

ただ、そのほうが曲が生々しい。お化粧して完全防備した音楽よりずっと面白いのです。 

それまでも、私は昔の演奏家の録音が好きでよく聴いていましたが、こういうことなんじゃないかと思いました。今の演奏家のようにミスもなく安定しているわけではない演奏にもすごく惹きこまれる何かがある・・・生きているように聞こえるのはこのような生々しい部分を残しているからではないでしょうか。 

今やれることをすべてやろう。 

それまで、曲をきれいに仕上げることばかり考えていましたがそれには意味がないことが身にしみてわかったのです。 

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楽譜どおり

来日中の演奏家にも積極的にレッスンをうけていました。 そう。これも実はおどろき。 音大では「まったく系統の違う他の先生に習う」はけっこう重大事件なんですよ。なので内緒で楽譜も新しいものを用意してこっそりレッスンを受けているひともいました。 

いつのまにかレッスンの受け方もだいぶ違うものになってきていたのです。 

「教えてもらう」はもちろんそのとおりですが、自分が考える「きっかけをもらう」のほうが近いかも。考えぬいて「今はこれ」という何かが見えてくる。 

例えば、楽譜にP(小さく)からff(フォルテッシモ)に至るフレーズがあるとすれば、どうしたら自分にとって違和感のないやりかたで、そして教えていただいたとおりに弾く事ができるのだろう? それがあまり考えずにできそうならそう弾けばいいし、迷うなら違和感がなくなるまでひたすら考えればいい。 

ふしぎとそういう音楽は自然です。自分が曲に音楽を盛り付けるのではなくて曲から音楽をわけてもらうような感覚でしょうか。言葉にするのは難しいですけど・・・ 同じ楽譜を弾いても別のひとが弾けばまったく別の音楽になるのですよね。「楽譜通り」弾けばひくほど個性的な演奏ができるはずです。 

そして、自分の感じ方が変われば曲も変わっていく。 

「楽譜通り」は「正しい枠」に自分がはまるように矯正して演奏することでは決してないのです。あたりまえなのに自ら「正しい枠」に自分をはめようとして、さらに個性的な演奏をしようとして苦しんでいる自分も発見しました。 

音楽の聴き方も変わりました。 

前はCDなどで良い演奏を聴いて、ああこのように弾きたい!!と、テンポから強弱、ニュアンスまでそっくりに弾こうとしたりしていましたけど、考えてみれば天才的ピアニストのマネなんてできるはずないし(笑) そのひとがどうしてそう弾くのか。その部分を聴けるようになりつつありました。マネができるとしたらその「どうしてそう弾く」の動機部分だと思うんです。 

少し前は好みの音色でなければ、まったくうけつけない。聴く気にもなれませんでしたけど「どうしてそう弾くのか」がはっきりしているひとの演奏に魅力を感じるようになってきたのです。 

そうこうしているうちに、デュプロマコースの2年間もあっというまに過ぎ、いくつかの賞暦とその後の不安をかかえたまま、本当に学生をやめるときがきたのです。 

 

【音のある生活】へつづく

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